仏国寺(プルグクサ)

仏国寺は新羅時代の宰相・金大城(キムデソン)が両親のために建立、774年に完成した。
最盛期の8世紀は、約60棟もの木造建築で構成されていたという。

しかし李氏朝鮮時代の15世紀には、2度にわたる仏教弾圧で完全に荒れ果てた。

1914年に日本人が撮影した当時の仏国寺は、まさにボロボロだ!
2枚の写真は、ほぼ同じ位置から写している。

日本統治時代の1924年~1925年、朝鮮総督府の再建工事で仏国寺を代表する風景といわれる石壇・石廊などの主要部分が修復された。

さて、そんな歴史は後に知ったことだ。
仏国寺を訪れた時は、有名な寺だということくらいしか知らなかった!

入場料を払って入口へ向かうと立派な門がある。

左奥に池が見える!
敷地の奥に向かって写すと橋を背景に良い風景が写せる☆
ハさんは、どんどん歩いて行くので追いかける。

この池の名前は仏国寺のHPにも載っていない。
韓国語のページには반야연지と乗っているが、般若ヨン池とは、何ぞや?

ヨンは、蓮だろうか?
漢字で書いてくれたら分かりやすいのになぁ・・

橋を渡ったところに立派な門がある。
天王門という名前だが、韓国のお寺には必ず四天王がいる!
日本の寺は、そこまで四天王が大切にされているとは思えないけど・・

四天王だから、両側に2人ずつ並んでいる。
大きさは、カメラを構えている男性と比べると分かりやすいだろう!

石窟庵まで往復2km歩いて、すでにヨロヨロの私は、広い敷地がうらめしい。
木立の向こうに建物が見えた時はホッとした♡

見覚えのある石段がある。
ハさんが「ここから写すと仏国寺らしい風景を撮れますよ」と教えてくれる。

実は、石窟庵と仏国寺へ来る前に母をホテルへ置いて来た!
慶州市内を歩き回って、疲れ果てていたからだ。

母は数年前に、友だちといっしょにどっちも見学済。
その頃は、国宝の石段を歩いて上れたそうだ☆
時代とともに見学の仕方も変わる・・

母が上がった石段は立ち入り禁止なので、グルッと回って中へ入る。

私は、これを木魚だと思っていたが、本当は「魚板」と呼ぶと知った。
魚板が木魚の原型だという。

なぜ、こんなものが寺にあるのか不思議だった。
魚は昼夜を問わず目を閉じない生き物だから、魚を見習って『寝る間を惜しんで修行に精進しなさい』ということらしい!

何でもない石段もハさんがいると、意外な真実が分かる。
これは一枚岩から切り出した階段で継ぎ目がない!

すごい技術だけど、それが必要?
神社仏閣や城は技術の継承の役に立つのかもしれない☆

韓国の寺の本堂は全て『大雄殿』という名前だ。
何でだろう?と思っていたが、韓国の禅宗寺院では、本堂のことをこう呼ぶらしい!

大雄殿の右側にある塔が多宝塔という変わった石塔。
国宝だというけど、私は興味なし!

ハさんから「大雄殿の前にある灯籠を覗いてごらん!」と言われて、ビックリ!
ちょうど、お釈迦さまの顔が見えるようになっている☆

仏国寺の境内は広く、奥にもたくさんの見どころがある☆
全部を一度に紹介できないので、別の機会にしようと思う。

私にとって教会や寺は建築物や美術品としての価値として見るだけなので、ありがたさなど感じない。
ただ、自分では分からない仕組みやいわれを教えてもらうと楽しい♪

2度目に職場の人たちと訪れた時は、国宝に指定されている階段辺りを見てから、みんなと別れて涼しいショップに避難した。
私は暑さに弱いのだ・・

「集合時間に遅れたら、置いていくぞ!」と脅されたけど、私には効き目なし!
置き去りにされて困るのは、そっち♪(笑)

土産物コーナーがおもしろくてずっと見ていた。
ふつうの土産物の他に、お坊さんが書いた書や絵がたくさんあったのだ!

たくさんの掛け軸を恐る恐る見ていたら、女性スタッフが寄って来て、1枚ずつ丁寧に見せながら、内容を説明してくれる。
その中に優しさと決意のこもった字を見つけた♪

100,000ウォンと知った時は、ちょっと怯んだが、4文字に込められた意味も気に入ったので思い切って買った。

これを見る度に「ただひたすらに旅をしていこう!」と思う♡