最初で最後の両親との海外旅行

30歳過ぎてからは両親だけ、自分だけで旅行するようになった。
父が海外旅行を好まず、私は国内旅行より海外旅行に興味があったからだ。

一度だけ、3人で釜山へ行ったことがある。
父が5歳の時、当時は日本が統治していた朝鮮へ行った話を子どもの頃から聞いていた。
祖父に連れられて、長兄夫婦をソウルへ訪ねたのだ。

その時の写真を父の実家で見たことがある。
半ズボンにハイソックスをはいた小さなおぼっちゃまだ☆

幼かった父の記憶には船で釜山へ入る時に見た、山にへばりつくように並ぶ家々と唐辛子の房、広軌の線路、沈みゆく大きな夕日が残っていた。
だから、もう一度釜山へ行ってみたいと思っていたようだ。

博多港から釜山港へ高速船ビートルが就航し、短時間(約3時間)で行けるようになったので、1泊2日で旅行した。

当時は韓国に興味がなく、JR九州のホテルパックを利用した。
母と私は船酔いするので、イヤだったが「ビートルは揺れない!」と父に騙された。
実際、行きはほとんど揺れなかった☆

昼過ぎに釜山へ着き、港で両替をした。
その後、ガイドに連れられて忠霊塔のある大庁公園(現在の中央公園)へ行った。

もう1組のグループが昼食を食べていないと言い出し、待たされたのだ。
その時は、理由も分からず置き去りにされた。

丘の上に建つ忠霊塔は朝鮮戦争で亡くなった慶尚南道の兵士や郷土に尽くした人々を奉っている。
その時は6月の暑い日で、忠霊塔まで行かなかったから、何なのか分からなかった。

健脚の父は、丘の上にある忠霊塔まで歩いて行ったが、母と私は木陰で囲碁や将棋をしているおじいさんたちを見ていた。

小型バスが戻って来て、おじさんグループと一緒に西面(ソミョン)のロッテホテルへ連れて行かれた。

今はビルが立ち並ぶ繁華街だが、当時はガランとした再開発地域にポツンと高層ビルが建っている印象が強い。

ブランド品に全く興味のない父は、「ビールを飲んで来る!」と言って、会計担当の私から20,000ウォン受け取って、ひとりでどこかへ行った。

私と母は、免税店を見て回ったが、買い物をしたかどうか覚えていない。
後で、父にいくら使ったか訊いたら、けっこう高かったので、ホテルのレストランへ行ったんだろう。

龍頭山公園を見学してから、宿泊先のホテルへ行った。
ロッテホテルは高過ぎるし、安いホテルはイヤだったので、韓国風の建物であるコモドホテルを選んでいた。
部屋は山側で、釜山港は見えない・・(パックツアーだから、文句は言えない)

夕食は、韓国人女性ガイドが国際市場を抜けて焼肉店へ案内してくれた。
男性グループもいっしょだ。

肉の種類があることも知らず、ガイドにお任せ。
店のスタッフがつきっきりで肉を焼いてくれることにビックリ!
ハサミでちょきちょきと肉を切るのを見て、目を丸くしていた。

特に値段が高いわけでもなく、美味しかった☆
私たち以外は地元の人たちでにぎわっている店だ。
ガイドの顔も覚えていないが、良心的な人だったんだろう。

食後、「キムチを買いたい」と言うと、土産物屋に連れて行ってくれた。
試食させてもらいながら、ポッサムキムチやオイキムチなど数種類を買ったが、ここのポッサムキムチは本当に美味しかった☆
その後どこで買ったものも、その味にかなわない!

翌日の予定を訊かれたので、3時間でタクシーチャーターとガイドをお願いした。
たった半日しか持ち時間がないのに、自分たちだけで動くのは不可能だと思ったからだ。

朝食はバイキング。
ホテルへ迎えに来たのは、日本語を勉強中だという若い女性だった。

梵魚寺の一柱門(イルチュルムン)

私と女性ガイドが話し合った結果、釜山郊外にある梵魚寺(ポモサ)や当時、まだ開発中の海雲台(ヘウンデ)へ案内してもらうことに決定!

タルマジキル(月見の道)の丘の上にある海月亭(へウォルジョン)からの眺めは美しかった。
当時は、まだ見晴らしがとても良かった☆

今は木々が生い茂って、あまり眺望がよくない・・
タルマジキルは、若者向けのオシャレな店ばかりになってしまった。

写真は、海雲台の海岸。

最後に宮廷料理の店へ連れて行ってもらった。
大きなテーブルにぎっしり並んだ料理は、ひととおり説明されても覚えきれないし、3人で食べてもほとんど減らない!

ガイドさんにいっしょに食べよう!と誘っても、遠慮して食べなかった。
帰りの船の時間が迫っているので、大急ぎで港へ送ってもらう。

帰りのビートルは、地獄だった!
波が荒く、船底に当たる波の衝撃でドーン!ドーン!と音が続き、激しく揺れた。

母も私もトイレで吐いた・・
宮廷料理に大金を払ったのに、まったく意味がない。

博多港へ着いた時には固く決心した。
二度とビートルには乗らない!!

30年近く前の旅行で写真もどこへ行ったか、分からない・・
記事で使った写真は、後に釜山へ行った時のものだ。

今では、数え切れないくらい釜山へ行っているが、この旅行のことは忘れられない♡