旧木浦(モッポ)日本領事館

初めての全羅南道の旅3日目。
KTXで木浦へ行き、午前中、市の解説士であるMASAKOさんに市内を案内してもらう。

◆今日の訪問先◆
木浦共生園
韓国映画『1987』のロケ地
儒達山(ユダルサン)から木浦市を眺める

旧日本領事館の日本式石垣。
路面から三段目以上が日本式だ!

MASAKOさんに言われるまで気づかなかったが、韓国にはこういう組み方の石垣はない。
石組みにも、その国独自のやり方があると改めて知った!

手前の碑は、旧木浦日本領事館に関する説明。
現在は、木浦近代歴史館1号館として使用されている。

領事館への階段。
権威を高めるためか、ここも急な石段がそびえている!
毎日通う人は、たまったものじゃないよね・・

領事館の建物は、赤レンガ製。
優美で美しい☆

中に入ると、ここにもMASAKOさんの知り合いのガイドがいた。
2人の解説士が、ペアで活動しているようだ。

綿繊維から種子をはやく簡単に分離することができる日本製の綿繰り機。
それまで人の手でやっていた作業が大幅に効率化された!

大阪で作られた、とアルファベットでデカデカと表記している。
産業を発展させるために、日本が木浦周辺で綿花の栽培を進めたそうだ。

領事館時代のオリジナル暖炉
冬の韓国の寒さは、九州の人間には想像できないだろうが、とにかく寒い!
だから、各部屋に暖炉がある。

当時のものがいくつかそのまま残っているが、コレもそのひとつ。
白い部分は大理石で、炉の周りのタイルの模様がとても美しい!

当時の木浦は、朝鮮半島でも有数の港だった。
港へ伸びる大きな道路が、領事館の権威を表していると思う。

ただし、よく見ると先の方で道が左へ曲がっていて、敵が攻めてきた時パッと見えない工夫をしているのがすごい!
こういう詳しい情報は、すべてMASAKOさんから聞いて知った☆

ドイツ製のピアノ
譜面台の両側に金属製のロウソク立てが付いているを初めて見た!
当時は、まだ日本製のピアノがなかったのかな?

国語読本
ホン
ホン
ホン
ワタクシ ノ ホン
って、コレでまともな日本語を覚えられるのか心配・・

独立運動当時の服を着てみよう!というコーナー。
日本語の説明があると、もっと分かりやすいんだけど・・

建物の外壁に残る弾痕
朝鮮戦争の時、北朝鮮軍が攻めてきて、木浦も占領された。
その時の戦いでできた砲弾の痕がたくさん残っている!

穴はかなり大きい(ソフトボールくらい)のに、レンガを突き抜けたところがない。
レンガが、それほど丈夫なものだとは思っていなかったので、驚いた!

ちなみに、レンガは大阪からわざわざ運んだものらしい。
昔のMADE IN JAPANは、優れていたんだと思う☆

旧日本領事館の裏手は、美しい緑に覆われている。
手すりもない階段と、その先にある柵。
日本統治時代に神社があったところだそうだ。

さすが、というか領事館の人が使うための防空壕だから立派なものだ!
先に行ったスーパー裏の防空壕では声をかけるヒマがなかったが、今度はMASAKOさんに頼んで立ってもらった。

出入口は、キレイな薄緑色に塗られていて、立ったまま出入りできる!
この防空壕にも、当時のようすを知るための人形が置かれていた。
ほとんど光がない狭い空間で、何時間も過ごすなんて、閉所恐怖症の私にはムリだ・・

フンドシひとつで働かされる地元の人たちと、偉そうに指図している日本軍兵士・・という図。

領事館の前に、韓国の国道1号線と2号線の起点がある。
日本でも、道路の起点を見ることなんてないから、とても気になる!

ハングル文字を漢字で表すと『道路元票』と書くんだろうか?
道路の真ん中にある標識なので、車が途切れるのを待って写した。

国道起点標識の傍にある『慰安婦像』!
韓国へ何度も旅していたが、初めて本物を見た。

私は30年以上前から慰安婦の存在を知っている。
一般の人は、まだ『慰安婦』という言葉を知らなかった・・
まだ20代だったが、書店で見つけた2巻の本に衝撃を受けた。

いくら戦争中とはいえ、当時の日本軍が行ったことは、同じ女性として許せない!
意に反して無理やり連行された人に対しては、心から申し訳ないと思う。

しかし今、これ見よがしにこのような像を置くことに、何の意味があるのか?
これが元慰安婦の方々の求めるものとは思えない。

観光情報
名前 목포 근대역사관 1관(구 일본영사관)
住所 전라남도 목포시 영산로29번길6 문화원

목포 근대역사관 1관(구 일본영사관)へのルート