巨済島捕虜収容所遺跡公園 1

1950年6月25日、北朝鮮が38度線を越えて、韓国へ戦いを仕掛けた。
これが朝鮮戦争の始まりだ!

開戦から8ヶ月過ぎた1951年2月、巨済島に作られた捕虜収容所が現在、遺跡公園となっている。
訪問した頃まで、朝鮮戦争のことを何も知らなかったので、とても興味があった。

道路に大きく書いてあるのは、매표소(チケット売場)。
観光に必要な単語を覚えておくと、何かと便利♪
広い観光施設では、ウロウロするだけで疲れる・・

記念撮影コーナーは、全員が集合するのを待っている人たちがいたので、近寄っていない。

避難民たちが、メレディスヴィクトリー号に乗り込むようす。

朝鮮戦争の時、北朝鮮・興南(フンナム)の港で寒さに震える10万人の難民たちを救うために、アメリカの商船メレディスヴィクトリー号の船長が、乗せられるだけ乗せたという。

北朝鮮の難民約14,000人は座ることもできず、数日間立ったままで巨済島まで運ばれた。
大変だっただろうけど、家族が分断されず命が助かって良かったと思う♡
昔の海の男は、本当に勇敢ですばらしい☆

チケット売場
大人₩4,500(約450円)、2013年の値段だから現在は、値上がりしているだろう。

母は、広い公園なら行かない!と言って、車から降りなかった。
ハさんとイさんは勧めるけど、私が断る。

結果としては、車に残って正解!
入ってすぐのアトラクションでエスカレーターが故障して動かず、歩いて上がることになったから・・

大きな戦車の形をした戦車展示館

エスカレーターの両側に朝鮮戦争の関係者と思われる人たちがいたけど、歩くのがきつくてよく見てない・・

たぶん、右のいちばん手前がイ・スンマンで、3番目はマッカーサー。
左側の2番目はソビエトのスターリンで、3番目が中国の毛沢東だ。
ほかは、分からない・・

入口には、憲兵が銃を持って立っている。
脱走したら、すぐ撃ち殺されるんだろうなぁ・・

収容所内のようすを遠近法で書いてあるので、けっこうリアル☆
実際の展示室は、写真より暗い。
小道具と人形を上手に配置してある。

ここで、最大17万人もの捕虜が生活していた。
北朝鮮軍兵士15万人と中国軍2万人の捕虜たちだ。

ふつうの戦争なら監視する兵は、捕虜に憎悪の気持ちを持つだろうけど、ほとんどは同じ国の人なんだから、複雑な気持ちだったと思う。

38度線について
第二次世界大戦末期に朝鮮半島を横切る北緯38度線に引かれたアメリカ軍とソ連軍の分割占領ラインのこと。
以前、ソウルから北へ行った烏頭山(オドゥサン)統一展望台へ行ったことがある。
 
展望台は、漢江(ハンガン)と臨津江(イムジンガン)の合流点を望む高台にあり、対岸の北朝鮮の宣伝村などを望遠鏡で一望できる。
ちょうど秋夕(チュソッ)と呼ばれる旧盆だったので、北へ戻れない人たちが次々に祖先へ祈りを捧げるのを見た。
 
また、3年前には韓国の東海岸沿いの38度線を車で越えた。
東海岸の束草(ソッチョ)は、38度線より北にあるけど、なぜか今は韓国の領土だ。
 
海に囲まれた日本で生まれ育った日本人には、国境という概念があまりないと思う。
国交さえあれば、歩いて行けるところなのに、帰りたくても帰れない人たちの気持ちを思うとたまらない・・

歩いていると突然、近くで戦車の砲撃の音がするから、ビックリする!
私のように音に敏感な人間は、戦争には耐えられない・・

出入りする捕虜は、1人ひとり厳重にチェック!
パネルの間に立って、記念写真を撮る人たちもいる。

ここからは、当時の捕虜たちの生活を見て、体験できる♪
後半も見てね。

観光情報
名前 거제도 포로수용소 유적공원
住所 경상남도 거제시 계룡로61

거제도 포로수용소 유적공원