木浦 共生園

初めての全羅南道の旅3日目。
午前中、KTXで木浦(モッポ)へ行き、木浦市の解説士MASAKOさんに市内を案内してもらい、午後は、バスで務安(ムアン)へ移動して、MARIKOさんに務安生態干潟センターを案内してもらう予定。

木浦駅で、MASAKOさんと待ち合わせ♪
このまちで、ぜひ行ってみたいと思ったのが共生園!
出発直前にお願いしたのに、MASAKOさんは、ちゃんとアポを入れてくれていた☆

共生園(コンセンウォン)とは
儒達山(ユダルサン)のふもとにあり、日本統治下時代に韓国人キリスト教伝道師・尹致浩(ユン・チホ)が7人の孤児と生活を共にしたのが始まり。
 
朝鮮総督府官吏の父をもつ田内千鶴子が尹致浩の活動に共鳴し、共生園で奉仕活動を始めた。
やがて2人は夫婦になり、大勢の孤児らの父と母として自分たちの子どもとともに育てた。
 
ところが、食料を調達に行った尹致浩が行方不明になる。
残された千鶴子は、夫の遺志を継ぎ、56歳で生涯を閉じるまで3,000人もの孤児たちを育てあげた。

この話を知って、どうしても共生園を見てみたい!と思った。

到着した時、駐車場に大型バスが停まっているのが見えた。
「あぁ、もう野球チームが来ているから、残念だけど記念館だけ見て帰りましょう!」とMASAKOさんが言う。

記念館へ向かおうとした時、バスが停まっているところから女性が歩いて来た!
彼女が共生園の園長であり、田内千鶴子の孫にあたる鄭 愛羅(チョン・エラ)さん。

高知からの客を迎えて忙しいのに、わざわざ時間を割いて、来てくれたのだ☆
千鶴子のふるさとである高知とは、今でも交流が続いているんだろう!

鄭 愛羅さんは、歩きながら共生園について話をしてくれた。
記念館の中を簡単に説明してから、また野球チームへ戻って行く。

とても自然な態度で、偉ぶったところなど微塵もない。
優しいほほ笑みを浮かべて話す姿は、確固とした信念に基づいて生きる人らしい♡

尹致浩尹鶴子記念館で、MASAKOさんと私は、共生園の歴史を紹介する映像を見せてもらい、スタッフに飲み物をもらった。

暗い部屋だったので、何が入っているのか分からないまま飲んだが、濃い梅のジュースでとても美味しい☆
梅は、千鶴子と大きな関わりがあるものだと、映像を見て分かった。

記念館の中に、ピアノを弾く千鶴子の写真と実物のピアノがあった。
音楽教師だった千鶴子が愛用したものだろうか?

映像を見終わる頃、やって来た高知県野球チームの選手が、無邪気に猫ふんじゃったを弾いている!

話しかけてみると、「これから地元の学生たちと試合することになっています」と話してくれた。
若い時に海外へ出て、友だちを作るのは、良い経験になるだろう☆

千鶴子は生前、鶴子(ハクチャ)と韓国風の名前を名乗っていた。
第二次世界大戦後、日本人への風当たりが強くなったため、一度は生まれ故郷の高知県へ戻った。

しかし、共生園の子どもたちのことが心配でたまらず、引き留める母親を振り切って木浦へ戻ったという。

年老いた母親を1人置いて韓国へ戻るのは、心が張り裂ける想いだったに違いない。
親不孝をしてでも、自分を必要とする孤児たちの元へ帰ることを決めた千鶴子は、本当に強い人だと思う!

孤児たちが暮らす建物
園内には昔の建物も残っているが現在、孤児たちが暮らしているのはここ。
130人くらいの子どもたちが、共生園から学校へ通っている。

千鶴子を称えるために造られたお母さんの塔
韓国人にとって、親はとても大切だけど、特に母親は特別な存在だ♡

お母さんの塔の周りに、梅の木が植えられている。
これは、韓国人として生き3,000人もの孤児を育てた千鶴子のことを知った、小渕恵三が贈ったもの。

「行方不明になった夫が帰るまでは!」と、ひとりで懸命に孤児たちの世話をし、いつも韓服を着ていた千鶴子。
それなのに、亡くなる直前「梅干しが食べたい・・」と息子に言ったそうだ。

孤児たちのために一生をささげた人生でも、最後は子どものころに親しんだ味が、恋しくなるものなのか?
もしかしたら、ずっと梅干しを食べたかったんじゃないだろうか?

共生園の歴史を知るための映像を見ていた時にもらった梅のジュースは、園内の実を使ったものかもしれない。
ちょうど実ができる時期だったので、たくさんの青い実が付いていた!

日本と韓国は、いろいろな問題を抱えているけど、田内千鶴子のような女性がいたことを同じ日本人として誇りに思う♡

ここで育つ子どもたちが将来、両国の架け橋となってくれることを祈りながら共生園を後にした。

【 追記 】
記念館で鄭 愛羅園長に訪問者名簿へ名前を書いてほしいと言われた。
単なる記念だと思っていたら、私がウェールズへ留学している間に共生園からすてきなカレンダーが届いていた。

今年の正月には、子どもたちからの年賀カードも届いた!
生徒代表の高校2年生からの夢と希望にあふれるあいさつが書いてある。
私にできることは、何だろう?