村上医家史料館 中津

ふらっと中津へ1泊2日のドライブ旅♪
中津へのルートの途中にある綱敷天満宮で梅の花を見てから、中津の小祝をウロチョロ。

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前回、中津へ来た時に行った大江医家史料館のスタッフに勧められていた村上医家史料館へ向かう。
天気が良いので、中津城に寄って写真を撮った。

前回も、地元の子どもたちがいたけど、今回も女の子が3人、自転車で来ている。
城が遊び場というぜいたくな環境がうらやましい!
中津のことを知るにつれて、環境が人を作る部分が大きいように感じる☆

15時過ぎ、村上医家史料館の駐車場へ到着。
外観を写して入ったら、ちょうど男女カップルが出てきた。

これから大江医家史料館へ行くそうだ。
「相当分かりにくいから、気をつけて!」と警告しておく。(笑)

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靴を脱ぐ前に、身元調査票の記入と体温チェック。
ここは昭和32年まで医院として使用されていた明治時代の建物で、現在も近くにある立派な病院の前身。

調剤室から入口を見たところ。

大江医家史料館と違って、今でも村上家の持ち物を借りているだけらしい。
村上家のご先祖たちは揃って物を捨てないタチだったそうで、2階に何でも放り込んでいたそうだ。

そのおかげで、古い荷札まで残っている!
写真の下にあるのは薬を入れた箱で、右上に並ぶのが荷札。

部屋の隅に広げてある屏風が立派なので、撮影。
女性スタッフと旅の話で盛り上がり、見学後に大三島の大山祇神社のことを何気なくしゃべった。
すると、飾ってある屏風が、まさに大山祇神社だと教えてくれた!

村上家は、村上水軍の流れをくんでいるという。
何という偶然なのか☆
不思議な縁を感じずにいられない。

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スタッフは、大阪出身らしい。
型どおりの説明をする時は、ほとんど分からないけど、自分のことを話すと関西弁が出る。

月の半分くらい出勤するシフトみたいだけど、勉強熱心な人だ。
見学者から自分が知らないことを聞くと、ちゃんとメモを取って記録している!

昔、和田豊治という人が書生として住み込みしていたと言うけど、彼が何者なのか、最初は分からなかった。
実業界で活躍した人らしい。

2階へ上がることができないのが残念だけど、ふすまを開けて階段を見せてくれた。
この家は、天井がとても高い!

明治時代は歴史上、日本人の身長がいちばん低い時で、天井の低い家が多いのに・・
ちなみに、今の院長先生は、長身でスラリとした紳士らしい☆

9代目の村上田長は、玖珠郡長も務めた人だ。

貧乏人からは、医療費をあまり取らなかった家なので、それほど裕福ではなかったそうだが、立派な陶磁器も陳列してある。
お金の代わりに患者が持ってくることがあったようだ。

当時の調剤室は、そのままの状態なので、とても興味深い。
ふつうなら、中身はきちんと処分するんだろうけど、薬剤が残ったままの瓶が並んでいる。

アスピリンやビオフェルミンなど、今でも使われる薬剤を発見!
ただし、錠剤じゃなくて粉だけどね。

スタッフは、とてもフレンドリーな人で、中津の美味しい店のこともいろいろ教えてくれた♪
17時少し前に出たが、車を出すまで表に立って見送っていた。

観光情報
名前 村上医家史料館
住所 大分県中津市諸町1780

村上医家史料館