倉敷案内人と歩く美観地区

倉敷・宮島あなご旅2日目。
今日は早めのランチを食べてから、有料ガイドに美観地区を案内してもらう予定♪

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倉敷物語館で待ち合わせなので、早めに行って、写真展を見学。
約束時間の10分前くらいに、ガイドを頼んだ藤野さんが偶然、入って来た!

ネットのHPで顔を確認しているから私は分かるけど、彼は私が分からない・・(笑)
自己紹介をして、時間まで写真を見てから、いっしょに外へ。

ベンチに座って、前金で支払い。
90分のゆったりプランは、3,000円。

よく知らない旅先では、ガイドを頼むのがいちばん効率がよい!
美観地区のように、徒歩で回るしかない場所では、無計画に歩き回ると疲れるだけ・・

倉敷美観地区の住民たちの努力は、すごい!
これまでアルミサッシだったものを木枠に替えたり、わざと古いものに替えることもしているそうだ。

住人は景観を守ろうと努力しているのに、倉敷市がローソンに営業許可を出したことがあると知って、呆れた・・

住人たちはあきらめず、反対運動で出店を撤回させたそうだ。
倉敷の人は、すごい!

建物の作り方で、説明されて分かったことも多い。
釘は、全て手作りで1本200円もするものを使っているそうだ。

表紙に使ったのは、何でもない塀だけど、よく見ると基礎の石に沿って微妙にカーブを作って板塀を張っている☆
いい仕事をしているなぁ~♪

左側の黒い板塀は、防火のためにわざと焼いてある!
触ると、ススが付くのかな?

1700年代に建った井上家住宅は、技術を学ばせるために、あえて改築しているそうだ。
倉敷では常に、どこかで改築工事を行っている!
そんな話を聞くだけで、ガイド料以上の価値がある☆

路地を抜け、あちこち歩き、アイビースクエアの中にも入ってみた。
どこへ行っても、顔見知りみたいでスタッフたちがあいさつする。

大原美術館を作った孫三郎は、早稲田大学へ通うフリして、卒業していない放蕩息子だったそうだ。

しかし、倉敷に戻ってキリスト教の教えを元に孤児を世話する石井十次に諭されて、生き方を変えたらしい。

息子・總一郎は東大を出た理論派で、いろいろ確執があったようだ。
でも、実践派の孫三郎は、工場で働く労働者を大切にし、環境を整え、保育所を併設してお母さんが働きやすい環境づくりをしたという。

英国の工場を真似て造ったが、気候風土の違う日本では夏の暑さがひどかったので、少しでも涼しくするためにツタを植えたのが、アイビースクエアの成り立ち。

小高い丘の上にある阿智神社に灯台がある風景にビックリ!
昔は、美観地区は海だったそうだ。
今の風景からは、想像できない・・

干拓して綿花を植えたから、今の姿になった。
干拓地では、綿花やイグサを植えるそうだ。

稲のようなまっすぐの根を持つ植物は、塩分を吸い上げて育たない。
綿花やイグサの根は横に広がるから、干拓地向きらしい。
韓国の木浦で日本統治下、綿花を植えたのも同じ理由だろう。

藤野さんは40代でボランティアガイドを始め、50歳で早期退職して有料ガイドをしている。
有料ガイドの草分け世代だ。

川のほとりの観光案内所で見学終了。
時間をチェックしたら、約2時間経っていた。
藤野さんのおかげで有意義な倉敷観光ができた☆

観光情報
名前 倉敷案内人グループ